個人的な話で恐縮ですが、私ははっきりいってサッカーのことをほとんど知りません。正確に言えば、サッカーリテラシーを上げるべく、この1年間、いくつかの本を読んでいる途上と言ったところですが、そんな状態なので、本書に出てくる選手の名前と顔が一致しません。そんな自分が本屋で“戦術”と名の付くこの本を手にとって、買おうか買わまいか3分くらい迷いました(サッカーのずぶの素人が“戦術”本を読めるかどうか、尻込みをしたという迷い方)。しかし、“オシム”という名が付いていることで迷いが吹っ切れて買いました。はっきりいって、練習の仕方、戦術の立て方といったものが新しいのかどうか全く判然としませんし、試合の記憶もないので、何となくオシム“らしさ”を想像するだけです。しかし、そんな戦術のことが全く分からなくても、オシムがしようとした“日本人の特徴・特性にあったサッカー探し”は、自分の仕事や私生活における、最も重要なことを有効に融合していこうという“自分の自分への最適化”に通じるものがあり、オシムの物の見方が自然と自分の身の回りに生かされるような感じがしてきます。そういった普遍性のようなものを感じるのが、オシムの魅力なのではないかと思います。あくまでオシムはサッカーの監督であり、サッカーのことを説いているに過ぎないのですが、その先に見据えている世界がサッカーにだけに留まっていないところが、オシムの本を読む価値になると思います。
本書は“戦術”という名が付いていますが、「第9章 オシムのもう一つの闘い」では、脳梗塞に倒れたオシムのリハビリの過程が書かれています。オシムがリハビリに傾けた情熱は、監督復帰への意欲に溢れ、そして人間としての尊厳を感じるものです。病にあってもなお前へ進もうとするオシムの姿勢は、サッカーの戦術のような派手さはないのですが、そこにオシムの真実があり、読む者へ勇気を駆り立てるもので、それはまさに自分の人生への“戦術”になります。
『オシムの言葉』ではじまった私のオシム行脚は、この本を含めて数冊に昇ります。オシム関連の本を読んだ方なら誰でも思うと思いますが、それらの本を読むたびに、「この人が4年間日本代表監督を務めていたら、どのようなチームになったのだろうか。」と、その夢想が広がります。オシムが病に倒れたことは、日本代表にとって、日本のサッカー史にとって、そして当のオシム本人にとって、どのような意味があったのだろう。このオシムが日本と日本人に与えてくれたインパクトは、これからますます輝きを増すのではないかと思います。
書籍のデータ
『オシムの戦術』
著者 千田善
発行 中央公論新社
初版 2010年5月10日
価格 1600円(本体価格)
著者のご紹介
千田善
国際ジャーナリスト、通訳・翻訳者(セルビア・クロアチア語など)
1958年岩手県生まれ。国際ジャーナリスト、通訳・翻訳者(セルビア・クロアチア語など)。旧ユーゴスラビア(現セルビア)ベオグラード大学政治学部大学院中退(国際政治専攻)。専門は国際政治、民族紛争、異文化コミュニケーション、サッカーなど。新聞、雑誌、テレビ・ラジオ、各地の講演など幅広く活動。
紛争取材など、のべ10年の旧ユーゴスラビア生活後、外務省研修所、一橋大学、中央大学、放送大学などの講師を経て、イビツァ・オシム氏の日本代表監督就任にともない、日本サッカー協会アドバイザー退任まで(2006年7月~2008年12月)専任通訳を務める。サッカー歴40年、現在もシニアリーグの現役。
著者のHP 『オシムの伝言』公式サイト
その他の著書・訳書
著書
『オシムの伝言』2009年
『ワールドカップの世界史』2006年
『なぜ戦争は終わらないか』2002年
『ユーゴ紛争はなぜ長期化したか』1999年
『世界に目をひらく』1997年
『ユーゴ紛争』1993年
訳書
『スロヴェニア』2000年
『クロアチア』2000年
(以上は2011年2月調査)