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『甲子園への遺言』門田隆将講談社

『甲子園への遺言 伝説の打撃コーチ高畠導宏の生涯』 門田隆将著 講談社 プロ野球に、“伝説の打撃コーチ”と呼ばれる人がいました。その人の名前は、高畠導宏さん。高畠さんは、野村監督の元でコーチの歴史をスタートさせ、南海ホークス、ロッテオリオンズ、ヤクルトスワローズ、ダイエーホークス、中日ドラゴンズ、オリックスブルーウェーブと、実に30年に渡って打撃コーチをしてきました。その間に育てた選手は、現(2011年現在)ロッテマリーンズの監督をしている西村監督、高沢選手、田口壮選手など、多くの選手を育て、その中には30人以上のタイトルホルダーがいます。また、一流選手になれないような選手でも、投手のクセや配球を読むことによってプロ野球選手としての寿命を延ばした選手は数知れません。
 高畠さんは、30年に渡るプロ野球のコーチ生活を終え、自ら選択した道は、なんと高校教師。高校教師として教壇に立ち、そして高校野球の監督として甲子園優勝を目指すこと、それが高畠さんの野球人生の集大成になるはずでした。しかし、高畠さんの人生の終わりが、高校教師になって間もないときにやってきてしまったのです。プロ野球生活をしていた高畠さんは、高校教師になったものの、野球規約によってすぐには野球部監督に就任できず、そのまま自分がデザインしたユニフォームに手を通すことなく、思いだけを遺して逝ってしまったのです。

 高畠さんの野球人生は、まさに“伝説”の名がふさわしく、そして“数奇”という言葉がぴったりくるものです。高畠さんの生誕、成長秘話から、プロ野球に入ってからの挫折など、その人生から学ぶことはたくさんあると思います。野球に興味がある人はもちろんのこと、野球に興味のない方にとっても、この本は読む価値のある一冊です。

本書のデータ

LinkIcon『甲子園への遺言 伝説の打撃コーチ高畠導宏の生涯』
著者 門田隆将
発行 講談社
初版 2005年6月29日
価格 1785円

著者のご紹介

門田隆将
ジャーナリスト。1958年、高知県生まれ。中央大学法学部卒。
雑誌、メディアを中心に、政治、経済、司法、事件、歴史、スポーツなど幅広いジャンルで活躍している。

その他の著書

『この命、義に捧ぐ -台湾を救った陸軍中将根本博の奇跡』2010年
『風にそよぐ墓標-父と息子の日航機墜落事故』2010年
『なぜ君は絶望と闘えたのか-木村洋の3300日』2010年
『あの一瞬 -アスリートはなぜ「奇跡」を起こすのか』2010年
『激突!裁判員制度-裁判員制度は司法を滅ぼすVS官僚裁判官が日本を滅ぼす』2009年
『康子十九歳戦渦の日記』2009年
『神宮の奇跡』2008年
『ハンカチ王子と老エース 奇跡を生んだ早実野球部100年物語』2006年
『裁判官が日本を滅ぼす』2003年

本書の参考文献

『「尾張メモ」の全貌-情報は盗んで活かせ』 尾張久次著 講談社 1984年
『勝てるには理由(わけ)がある』 仰木彬著 集英社 1997年
『かねやんのズバリ勝つ!』 金田正一著
『巨人軍かく勝てり わがV9秘録』 牧野茂著 文藝春秋 1983年
『気力 -きょう一日精いっぱい生きよう』 三浦道明著 日新報道 1976年
『左腕の誇り 江夏豊自伝』 江夏豊著 草志社 2001年
『ブレイザーのシンキング・ベースボール 野球を激しく、考えてやろう』 ドン・ブレイザー著 講談社 1979年
『背番号なき現役-私のルール十八章』 野村克也著 講談社 1981年
『敵は我にあり(上)新装版』 野村克也著 ベストセラーズ 2008年
『敵は我にあり(下)新装版』 野村克也著 ベストセラーズ 2008年
『デッチ人生20年』 野村克也著 いんなあとりっぷ
『大打者の栄光と生活 テッド・ウィリアムズ自伝』 テッド・ウィリアムズ著 ベースボール・マガジン者 1973年
『東都大学野球連盟70年史』 東都大学野球連盟編纂委員会
『ドジャースの戦法』 アル・カンパニス ベースボール・マガジン社 1990年
『南海ホークスがあったころ』 永井良和・橋爪伸也著 河出文庫 2010年
『南海ホークス四十年史』 南海ホークス四十年史編集委員会
『日鉱日立硬式野球部回顧録』 日鉱日立硬式野球部後援会
『プロ野球監督列伝』 近藤唯之著 新潮文庫
『プロ野球人名事典』 森岡浩著 日外アソシエーツ 2001年
『負けに不思議の負けなし(上)』 野村克也著 朝日文庫 2009年
『負けに不思議の負けなし(下)』 野村克也著 朝日文庫 2009年
『御堂筋の凱歌 -栄光と血涙のプロ野球史』 鶴岡一人 ベースボール・マガジン社 1983年