日常で当たり前のように使う「ストレス」という言葉。しかし意外にもこの言葉は新しく、その歴史は一人の生理学者の天才的な着眼から発しています。そしてストレスと言うものがあることを明確に理解することができるようになったことで、医学は一つの大きく進歩をしていくことになりました。その立役者になった生理学者とは、ウィーン生まれのハンス・セリエ(1907~1982)であります。
本書の前半は、ハンス・セリエが医学界に登場する少し前のお話からはじまり、そしてその登場と、その後のストレス学説の波及についてが中心に書かれています。普段何気に使っている「ストレス」という言葉の背後には、数々の人間ドラマがあり、多くの実験と試行錯誤が繰り返されてきたことを知ることができ、それは読む者にとって、とても多くの示唆と感銘を与えてくれます。
続く後半は、ストレス学説の基本的な考え方から、今後期待されるストレスが身体に影響する神経系の機序の解明への仮説が述べられています。最後の章は、ストレス学説から考えられる、精神的なストレスを回避するための簡単なアドバイスで締めくくられています。
本書は全体的に、ハンス・セリエを中心とした学者の人間模様や、ストレス学説がその後の医学の発展に果たした大きな役割についてなどですが、その記述には、学者への畏敬の念と愛情を感じます。そしてその記述によって、ストレスとは何かと言うことの根本の理解にもつながっていくように思います。
ストレスにどう対処したら良いかという内容ではないので、ストレスのある方にはあまりお薦めいたしませんが、医療者や経営者などにはおすすめしたい一冊です。
本書のデータ
『ストレスとはなんだろう』 -医学を革新した「ストレス学説」はいかにして誕生したか
著者 杉晴夫
発行 講談社ブルーバックスシリーズ
初版 2008年6月20日
著者のご紹介
杉晴夫
1933年生まれ。東京大学医学部助手を経て、米国コロンビア大学医学部および国立保健研究所に勤務ののち、1973年より帝京大学医学部教授、2004年より同名誉教授。専門は筋収縮の生理学。日本動物学賞、日本比較生理生化学会賞等受賞。1994年より約10年間国際生理科学連合筋肉分科会委員長。
その他の著書
『現代医学に残された七つの謎』2009年
『生体電気信号とはなにか』2006年
『筋肉はふしぎ』2003年
『やさしい運動生理学』2006年
『人体機能生理学 改定第5版』2009年
『コメディカルのための生理学実習ノート』2003年
『生体はどのように情報を処理しているか-生体電気信号系入門』2000年
本書の巻末に掲載されている参考文献
『高峰譲吉の生涯』 飯沼和正・菅野富夫著 朝日新聞社 2000年
『学問のモラルと独創性』 伊藤眞次著 理工学社 1999年
『生物学史展望』 井上清恒著 内田老鶴圃 1993年
『スキャンダルの科学史』 『科学朝日』遍 朝日新聞社 1989年
『ノーベル賞の光と陰』 『科学朝日』遍 朝日新聞社 1987年
『人体機能生理学』 杉晴夫篇 南江堂 2009年
『養生訓と現代医学』 杉靖三郎著 春秋社 1991
『野口英世 -名声に生きぬいた生涯』 筑波常治著 講談社現代新書 1969年
『脳の話』 時実利彦著 岩波新書 1962年
『野口英世』 浜野卓也著 ポプラ社 1998年
『現代社会とストレス』 ハンス・セリエ著 杉靖三郎他訳 法政大学出版局 1988年
『生命とストレス -超分子生物学のための事例』 ハンス・セリエ著 細谷東一郎訳 工作舎 1997年
『ノーベル賞ゲーム -科学的発見の神話と実話』 丸山工作著 岩波同時代ライブラリー 1989年
『「健康」という病』 米山公啓著 集英社新書 2000年